MALICE MIZER

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 かつてMALICE MIZER《マリスミゼル》というヴィジュアル系バンドも一世を風靡しました。今はタレント活動などを精力的に行っているGacktが有名ですがは、Manaというギターとシンセを担当していたメンバーなども一部のコアなファンから評価を受けています。そんなMALICE MIZERですが、ちなみにバンド名の由来は「悪意と悲劇」という意味を持つフランス語から来ています。

主要メンバー

過去に在籍したメンバー

サポートメンバー

活動の歴史

1992年8月、前身のバンド「摩天楼」が「MALICE MIZER」と「Knueklid Romance」「翡翠」へと分裂をし、Mana、Közi、KAIEが中心となり結成。《KAIEは即脱退》

1993年3月にドラムのGAZ《現:Knueklid Romance》脱退後、神村右狂《後に右狂→Kamiと改名》がサポート加入し、6月20日、正式メンバーとして、神村右狂が加入し活動開始。

同年『BRAIN TRASH』『SPEED OF DESPERATE』『SANS LOGIQUE』『SADNESS』音源リリース。

1994年7月24日、『memoire』をシリアルナンバー入り3000枚限定6曲入りでリリース、予約で完売となる。12月24日にはデラックス盤として『バロック』を新録、ブックレット付BOX仕様でリリース。12月27日のLIVEでTETSU (Vo) 脱退、以後しばらく活動停止となる。1995年10月10日、2代目ヴォーカルオーディションにて、Gackt.C《前身バンドCAIN'S FEELでは当初ドラムを担当、後にヴォーカルに転身》が加入。LIVE「華麗なる復活劇 ~新たなる悪意と悲劇の物語が始まる~」渋谷ON AIR WESTのチケットはソールドアウト。

12月10日、第2期ラインナップ《Gackt、Mana、Közi、Yu~ki、Kami》での初音源『麗しき仮面の招待状』リリース。

1996年6月9日にはフル・アルバム『Voyage Sans retour』をリリース。3月には東京都、愛知県、大阪府でTOURを行い、EVENT等にも参加、夏には全国TOURも敢行する。10月10日には"新生MALICE MIZER 1周年"を記念してのブックレット付CDS『ma chérie~愛しい君へ~』をリリース。

1997年に日本コロムビアと契約しメジャーデビューを果たす。7月19日にフランスロケを敢行した映像作品を加えた初回限定版シングル『ヴェル・エール~空白の瞬間の中で~』《通常版同年8月6日発売》を発売。

1998年7月28日の横浜アリーナ公演を最後にGacktが失踪、事実上脱退。さらに翌年1999年の6月21日にはKamiがくも膜下出血で急逝。しばらくの間ヴォーカリスト不在のまま残された3人での活動となる。

同年9月に日本コロムビアとの契約を切りMidi:Nette M.†.M《ミディネット エーム・クロワ・エーム》を設立し独自レーベルでの活動に戻る。事実上のインディーズからの再スタート。

同年11月3日、6th Single『再会の血と薔薇』はヴォーカル無しの3人となって初のシングルをリリース。

2000年7月26日、8th Single『白い肌に狂う愛と悲しみの輪舞《ロンド》』で異例のヴォーカルのサポートヘルプメンバーとしてKlahaが同曲に参加。7月、Klahaが正式に3代目ヴォーカリストとして加入。

2001年12月31日、メンバーそれぞれの自由な発想により各々の活動を展開しようという考えから2001年いっぱいをもちMALICE MIZER活動停止と発表《発表は同月11日》。

2010年7月17日、Moi dix MoisとKöziによるジョイントツアー「Deep Sanctuary2」赤坂BLITZ公演にて、「再会の血と薔薇〜ず」と称しオリジナルメンバーのMana、Közi、Yu~kiによるセッションが行なわれた。

2014年10月11日、Moi dix MoisとZIZでのイベント「Deep Sanctuary IV」にて、Mana、Közi、Yu~kiの三人でMALICE MIZERのセッションが行われた(サポートドラムはMoi dix MoisのHayato(ex.Blüe)が担当)。

ディスコグラフィ

シングル

第1期

第2期《インディーズ》

第3期

アルバム

第1期

第2期

第3期

ベストアルバム

Gacktが脱退した理由

 脱退の経緯には諸説ありますが、一般的にはメンバーや事務所との対立が原因だったと言われています。これは本人が自伝で語るところによると金銭感覚の相違があったようです。バンドメンバーが金銭感覚が鈍り様々な問題が発生していることをGacktが何度も指摘しため亀裂が生じたということらしいです。また、基本的に方向性や価値観の相違もあったようで、ManaがGacktの意見に対して不満を持つと、大体他のメンバーもMANAと同意見を述べたためにGacktが孤立してしまっていたということもあったそうです。実際に脱退した際にもメンバーはインタビューやファンクラブなどでGacktに対して辛辣な意見や非難を浴びせていたようですが、gackt自身はこれをたしなめたものの非難することはなかったそうです。その後も裁判になり、著作権を全て放棄するなどといった結果となってしまったとのことでした。

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